『 町おこしニッポン 』 プロジェクト

「町おこしニッポン」には、成功事例はあるの?



「町おこしニッポン」、その他の事例は? :その1 鳥取県の「最大の傘踊り」 

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事前の挑戦発表時点からメディア問い合わせ

 

挑戦者となる主催者は、当時ルーマニアが1461人で傘踊りの世界記録を持っていることを知って世界一になろうと決意します。ギネス世界記録に挑戦すると発表すると、メディアからの問い合わせが殺到。地元メディアはもちろんのこと、お盆の祭特集でフジテレビの全国ニュースに中継されたり、読売新聞の全国版に取り上げられたそうです。 


「世界記録に挑戦する」がみんなの心を1つに

 

「ギネス世界記録に挑戦するなら!」とわざわざ帰省して参加する人も多く、来場者は推定21万人にものぼり、お祭り自体も大いに盛り上がりことになりました。祭当日は来場者と踊り子を区切って、挑戦者の人数を正確に数えられるようにするという困難さに直面しながらも、参加者みんなが心をひとつにして、しっかりと5分間踊り切ることができたのです。


公式認定員がつくる空気

 

また担当者によれば、当日、公式認定員が会場にいたことでのメリットは大きく、イベントの緊張感が高まったり、メディアが撮影するの一番のポイントになったり、前日に認定員と会場で打ち合わせを行えたことで、挑戦前の不安を解消することができたりしたそうです。「認員をお願いした費用対効果は高かったです。記念イベントとして大成功になったと認識しており、またのが心強く感じた」とのコメントも残してくれました。



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「町おこしニッポン」、その他の事例は? :その2 広島県の「同時にブーケを贈り受け取った最多ペア数」 

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過去の悲しい記憶をばらで癒す市、福山市

広島県福山市は1945年8月8日の大空襲で市街地の約8割が焼失したという悲しい歴史がある市です。戦後、人々の心の安らぎを取り戻すために、1956年に現在のばら公園に1000本のばらの苗が植えられました。そのことに由来して、福山市は「100万本のばらのまち」を目指し、長年にわたり活動を行ってきた市だったのです。 そして遂に市制100周年を機会として、100万本のバラが植えられるという快挙を成し遂げたという前提がありました。


「ブーケを贈る」というアイディアが生まれた経緯

 

本記録挑戦においても、元々は、「100万本のばらがある街」としてギネス世界記録への登録を希望していました。ところが、それ自体ではギネス世界記録の基準を満たすことができないので記録とは認められず、困る事態に直面していました。そこにあったのが、ギネスワールドレコーズジャパンのコンサルティングチームからの提案による「”ブーケを贈る”ということを軸とした記録挑戦」への示唆でした。そこから、「同時にブーケを贈り受け取った最多ペア数」という挑戦アイディアへいたったのです。


普段言えない言葉と共に贈るバラの花束

 

挑戦者は、挑戦日を5月21日の「ばらの日」に決めて、普段なかなか口に出せない感謝の想いをばらやメッセージカードに託してばらの花束を500人以上で同時に贈るという想定をこの挑戦に向けて設定しました。すると、そこに集まってきたのは、539組にものぼるペア。そこで交わされたのは、「愛しています」「ありがとう」「これからもよろしく」といった心温まる言葉の数々だったのです。参加者からは「忘れられない思い出ができた」「すごく嬉しい」「挑戦するって素晴らしい」といった喜びの声が至るところで聞かれたいました。そして最後には、「ギネス世界記録挑戦を通じてばらのまちの意味を伝え、100周年を祝い、市民の記憶に残る日にすることができました」とコメントを残してくれています。



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