書籍『ギネス世界記録 2018』 特別インタビュー :すしざんまい 木村 清 社長 ~ 人間、どんな人にも可能性がある ~

「セリで落札された最も高額なマグロ|Most expensive tuna fish sold at auction」という記録タイトルで、ギネス世界記録に認定されたのが、すしチェーン「すしざんまい」を運営する「喜代村」でした。価格は、1億5540万円、青森県大間産のマグロを築地市場の2013年1月5日の初競りで落札したのです。すしざんまいと言えば、その大胆な行動力と独創的なキャラクターで世間にも広く知られる木村清社長です。ここで、認定されたギネス世界記録タイトルへの想いと共に、「挑戦すること」について、木村社長に話を聞きました。
 
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「セリで落札された最も高額なマグロ」でのギネス世界記録認定について、改めてお話を聞きにきました。築地市場での初競りでは毎年ライバルも非常に多いかと思います。記録認定された2013年1月当時は、競り合いの結果、見事に最高額を落札となったわけですが、心のうちには、どのような思いがあったのでしょうか?
 
 
当時は、2011年3.11に起こった東日本大震災の傷跡がまだまだ深く残っている状況でした。日本がひとつになろうとしている時、縁起物である初セリマグロが海外に持って行かれるのではなく、日本のみなさんに食べて頂いて、元気になっていただきたい、そんな一心で落札したんです。
 
 
日本に対しての熱い想いがあったわけですね。
  そうです。「世界一になろう!!」と思ってやっていたのではなくて、日本への想いが結果としてギネス世界記録になっただけなんです。
 
  
若い頃からの波乱万丈の経歴を拝見して驚いたのですが、「挑戦」というキーワードは、木村社長ご自身の心の中にあったものなのでしょうか?
 
 
特別あったわけではありません。「こういうことやりたい!!」と思ったことをやるだけです。
 
「思ったことを実現する!」と決めた際に、そのモチベーションはどこから湧き上がるのでしょう? 多くの人は夢があっても、なかなか実行に移せないと思います。
 
 
今考えてみると、「恐ろしいことしたなぁ」と思うようなこともありました。昔、若い頃にバイクに乗ってみようと思って、そのバイクで利根川の土手を駆け上って、そのまま何メートルも飛ぶような、危ないこともやったりしましたね。そういう若気の至りでしてしまったことも、ただ「やりたい!」って想いだけです。
 
 
「やりたい」という一心なわけですか。
 
そう、本当にそうなんです。
 
常識を超えたようなことにチャレンジするのが、お好きなようですね。
 
きっと、そうなんだと思います。ですからパイロットになろうと思っても、普通は「なれない」って考えてしまいがちじゃないですか? だけど、私は4才の時にパイロットになりたいと思って、15才の時に自衛隊に入隊し、本気でパイロットを目指しました。人は、何かにチャレンジするとき、「後でもいいや」とか「怖い」とか思った時には、チャレンジできなくなります。
 
 
私の場合、5分考えてわからなかったとしたら、一度考えるのを止めにして、また次の日に改めて考えてみるのです。そして、それが「善悪の善で、きっと人のためになること」だったら、なおさら高い動機をもって、それに挑むわけです。
 
  
ソマリアの海賊に漁師という職を与えたというお話を聞きました。実際に危険な場所に出向かれて、仕事をできるように教育まで施して、政府にまで働きかけて、大きな流れをつくるというのは一筋縄ではいかないことなのではないでしょうか? 
 
 私が現地に出向いて話しをすると、海賊と呼ばれる彼らは元々漁師でした。
 
内戦続きで国は不安定、そんな時にスマトラ沖の津波で全て船が流された。なのに、外国船が魚をごっそり獲っていき、おまけにゴミまで捨てていく。それで、その外国船に注意をしにいったら、お金を貰えてしまった。それが始まりで、海賊のようになってしまったということでした。
 
もし私が魚を買い取ったら、そのお金で彼らの食糧となるお米を買ったり、生活を営む助けになるだろうと思ってね。子どもにも学校に行かせられるでしょ。彼らは、世界中の人たちが、魚を食べて喜んで、その対価としてお金を払ってくれるということを学んだのです。
 
こうした取り組みが功を奏してか、海賊は4年間、その界隈には出没していないんですよ。それで、今では、「海賊0宣言」までしています。
 
やり方によって、人間には色々な可能性が開かれているというわけですね。
 
そうです。人間には、どんな人にも可能性があるのです。職場では、パートも、アルバイトも、社員も、今日入った人も、10年目の人も、皆平等だと思って付き合わせていただいているのです。
 
その代わり、「あなたたちは何のために生きているんですか?」、「何のために仕事をするんですか?」と質問するのです。すると、興味深いことに、多くの人が何のために働くのか、という問いに正しく答えられないんです。
 
木村社長ご自身は、どんなことのために生きているのですか?
 
私は、世界平和のために生きています。
 
「世界平和」というものを掲げるのは、どうしてなのでしょうか?
 
人が幸せじゃないと自分も幸せじゃないじゃないなって、思うからです。
 
 
例えば、家族でも国でも、組織の大小に関係なく「皆と共存共栄」ということをわかっていないといけない。「自分だけでいい時代」というのはもうとっくに終わっているわけです。だから、「人は何のために生きるのか?」という言葉が世界平和につながっていくわけです。
 
人と人は、お互いを認めて、心が通じて、はじめて幸せを感じるというわけですね。今までの木村社長の挑戦のお話を聞くと、立ち向かっていく気持ちやガッツがあるのように感じるのですが、その「チャレンジ精神の礎」はいつつくられたものなのでしょうか?
 
恐らく、幼い頃だと思います。4歳で父親が亡くなってなって、そこから貧乏で貧乏で…。でもうちのお袋から、「明るく、楽しく、元気よく!」ということを教えられました。
それは、お袋だってたまに泣いている時はありましたよ。
 
いつも元気な人が泣いている姿は、周りの人にとっても悲しいものです。人間の社会だから嫌なこともあります。でも、そういうときには、「パッ」と考え方を変えればいいのです。
 
  嫌な気分になってしまったときに、パッと切り替えられる社長ならではのコツなどがあるのでしょうか?
 
それは、常に次のことを考えることです。未来を考えると楽しいんですよ。明日何しよう! 何食べよう! っていう具合に。それを「昨日あれ失敗しちゃったもんな。またやるとこうだから…」って考えると、どんどん暗くなっていきますよね。まわりを楽しくする人、明るくする人に囲まれていれば、楽しいし、明るい気分で生きていけますから。
 
なるほど。失敗してしまったとしても、楽しく明るく生きていく、ということでもあるんですね。
 
はい。間違いや失敗は、ある程度してもいいんです。誰にだってあるんですから。でも、間違いをしたのに報告をしない人はいけません。会社は組織で動いているんだから、すぐ報告してくれれば、すぐ対処法をアドバイスできるわけです。
 
例えば、うちでも、臭いがでるマグロをごくまれに誤って買ってしまうこともあるんです。でも「間違えました!」って相談されれば「お客さんにだすな。」って、次の行動に移せます。つくだ煮にするとか、別の使い道を考えるとか、どうするかを決めるわけです。間違いはいいんです、そうやって成長してくわけですから。でも相手に対して、その間違いを認めさせたり、「違うことは違うよ」って言える勇気は必要なのです。
 
では、木村社長にとって、尊敬できる人、憧れる人という方はいますか?
 
私はうちの社員の皆が立派だと思っています。私は孫にだって「お前はいいな」って言うようにしてるんです。私は人を見て、「あいつはダメだ」なんて言わないんです。今日入社した人にだって、10年働いている人にだって同じようにしています。 
 
確かにそうですよね。社員の方を大事に思っているなんて素晴らしい社長さんですね。
 
これからもっと、他の会社よりも労働条件もより良くして、社員の幸せを1番にしようと考えています。
 
書籍『ギネス世界記録』の読者に向けて、社長から今の若者に何か言いたいことはあるのでしょうか?
 
年齢に関係なく、夢を持ってチャレンジしていけば何でもできます。人間のやることだったら、どんなことでもできる、そう思います。私は、生きることを通じて、「ああいうものあったらいいな、こういうものあったらいいな」って、ずっと考えているんです。
 
「夢は絶対に捨てるな。やれば叶う」。間違いや失敗はあっても、それを克服していけば、どんなことも現実になるものです。若い方々には、そんなメッセージを伝えたいですね。
 
 素敵なお話、どうも有難うございました。
 
 
[ 編集部|スズ ]