書籍『ギネス世界記録 2018』 公式インタビュー : 泉 昭二

"楽しかった。辞めたいと思ったことはない。好きなことだからね。"

泉 昭二さんは、「ジャンケンポン」を描いた漫画家です。1969年9月からはじまった「ジャンケンポン」は、ジャンとケンとポンの3きょうだいを主人公にした4コマ漫画。新聞の休刊日をのぞいて、連載がずっと続けてこられた作品です。
 
ギネス世界記録に認定されたのは同作品で、記録タイトルは、「ひとつの4コマまんがとして最も多く発行された回数|Most stridivs divublished for the same yonkoma manga series」で、記録数は15,000回です。2013年1月に、毎日新聞の「まっぴら君」が作った1万3615回の記録を抜き、今も記録を伸ばし続けています。
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「ひとつの4コマ漫画が最も多く発行された回数」として、ギネス世界記録を認定された率直なご感想を聞かせていただけますか?
 
びっくり。ひとことで言うとね。全然考えたことなかったんですよ。そのような噂みたいなのも少し聞いて、そんなこと無理じゃないのって思っていましたから。
 
現在84歳(インタビュー当時)で、『ジャンケンポン』を描き始めたのが1969年ですが、1万5千回の連載に至るその長い年月を振り返られて、どういう気持ちがまず浮かんできますか?
 
楽しかったですよ。辞めたいと思ったことはないですね。「辞めろ」と言われたら仕方がないから辞めたんでしょうけど、辞めろと言われなかったもんだから。皆さん良くしてくれたからね。私自身は辞めずに、毎日一生懸命描いていました。我ながら凄いなと思うのは、自分の都合で一度も休んでないんですよ。
 
実は、去年の4月に家内が亡くなりまして、その時の1週間だけ傑作集といって古いのを載せて。その時も、回数は変えてないんです。
 
 
 
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自分の都合で休まないというのは、仕事に対するポリシーのようなものがあるのでしょうか?
 
健康に恵まれたんですよ。有難いことに、大きい病気してないんです。風邪ひくとかお腹が痛いということはあったかもしれませんけど、風邪ひいたこともあまり覚えてないんですよ。おかげさまで、それが1番かな。
 
泉さんの漫画を読むお子さん達の中には、絵や歌など何かしら自分の夢を叶えたい子や自分の好きなことをできるようにしたいと思ってる子が沢山います。そういう子にメッセージをあげるとしたら、どんなメッセージを思い浮かべますか?
 
好きなことだったら続けられるんだろうから、好きなことをやることですよね。
 
泉さんは33歳まで普通にサラリーマンをやられていて、辞めて自分の好きな漫画家という道に歩まれましたよね。その時は何か心のなかで決心したのですか?
 
漫画家になりたくてしょうがなくてね。でもそれまでは、サラリーマンやらないと食っていけないからね。サラリーマンを13年続けて、33歳にもなるし、私が勤めている所が青山だったんですけど、オリンピックがあったもんだから都電がなくなっちゃって、赤坂見附から青山一丁目まで歩かないといけなくなっちゃって、歩くのも嫌になっちゃったし、会社を辞めるなら今だと思って辞めちゃったんです。
 
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歩くのが嫌になったというのが大きなきっかけだったんですか?
 
わからない(笑)。でも辞めるんだったら年齢的にも今だなって。その当時はけっこう年上の漫画家も大勢いましたし、年も年だし、今はずしたらないなって。
 
 
その決断を現在84歳の泉さんが振り返って、どうお感じになられますか?例えば、タイムスリップして32歳の自分に声をかけられるとしたら、なんてかけたいですか?
 
「辞めろ、辞めろ」と言いますね。でもわからない。その人の立場があるからね。一概には言えませんよね、無責任にね。でも僕の場合は良かったですけど。それからも私の漫画の人生では、良い人にいっぱい会いましたよ。
 
今回の認定はお仲間の皆さんも喜ばれるんでしょうね。
 
知れば、「俺がとりたかった」と言うと思うんだけど。でも漫画の連載が1万5千回はそうそういないですよね。
 
 
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平和への思いが言葉につながって、今の先生の作品を支えているんですね。最後に、子ども達に向けてのメッセージをお願いします。それと、今後の目標や何か自分でやってみたいと考えていることがあれば教えてください。
 
ここまできちゃったら、まず大事なのは今の仕事を続けることでしょうね。「頭がボケてきたから辞めなさい」って言われればそれまでですけど、僕は黙って今まで通りやって今の漫画を続けさせてくれればいいなと思っています。子どもたちへのメッセージは“人には優しく”。
 
今のイジメの問題もなんだけど、「人に優しく」が大事だなと思うんです。それと、今の小学生は特に戦争がないのが1番幸せですよね。だから、決して戦争が起こるような世の中を作らないでほしいな。そういうことも漫画で示せればいいなって思っていますよ。だから、そういう発表の機会があるというのは、僕は幸せですよね。あからさまには言えないけどね。
 
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1万5千回ってものすごい長さだと思うんですけど、その間『ジャンケンポン』はでているメディアが朝日小学生新聞ということで、子ども向けの媒体だと思うんですけど、描いている時の気持ちとしてどんな気持ちで、子どもたちに何を伝えたいという感覚で描かれていたのですか?
 
 
僕はそんな偉そうなこと言えないし、教訓的なことは書きたいと思って描いてないんです。だからって子どもが読むからといって質を落としたくないんですよ。
 
それからね、自分の小学生時代は戦争中で疎開の経験があるんです。疎開中には、今でいうイジメがものすごく酷かったの。僕もその時にイジメの対象になって死にたいほど苦しんだから、“絶対に人には優しくしよう”ということを子どもたちにやっぱり言いたいなって思って描いていました。[ 編集部|スズ ] 
 
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泉さん、素晴らしいお話をありがとうございます! これからも子どもたち夢を与え続けてくださいね。泉昭二さんの記録は、書籍『ギネス世界記録2018』に掲載されています。