ギネス世界記録 特別インタビュー: 西嶋頼親

宇宙に行ったロボット宇宙飛行士KIROBO(キロボ)を支えた普通の会社員

地上から一番高い場所で対話をしたロボット(Highest altitude for a robot to have a conversation)、初めて宇宙に行った寄り添いロボット(First Companion Robot in Space) の2つのギネス世界記録に認定されることになった日本製のロボット、KIROBO。このロボットが偉業を成し遂げたその舞台裏には、ひとりの人間の想いがありました。「大切な人のために、ロボットをつくりたい」。 理系出身でもない普通の会社員が、その想いだけで突き進み、宇宙への扉を開くまでには、どんなことがあったか?  2017年から8つの教科書にも掲載されることになったロボット宇宙飛行士「KIROBO」のプロジェクトを支えた、ひとりの人物の想いを聞きました。


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もともと、このプロジェクトは、どんなキッカケではじまったものなのですか?


宇宙航空研究開発機構(以下、JAXA)が、国際宇宙ステーション(以下、ISS)きぼう日本実験棟を利用した、社会課題解決につながるフィジビリティスタディ案を募集しました。その募集に対して、東京大学高橋智隆特任准教授と「宇宙に滞在して人とコミュニケーションをとれるロボットをつくる」企画をして、共同応募したのがきっかけです。


なるほど、しかしロボットを発案したとしても、それを現実の形、ロボットというものに結実させることは簡単ではなかったのでは、と想像します。実際は、どうだったのでしょうか?


採用後、JAXAの支援はあったものの、宇宙のプロが一人もいない状況での研究でしたので、たいへん厳しい道のりでした。そこで、この夢にむかって共に歩んでくれる企業を募集したのです。そこで手をあげてくださったのが、トヨタ自動車の片岡史憲主査でした。高橋先生と片岡さま、このお2人との出会いがなければ、このプロジェクトは成功していません。


トヨタは、どんな点に興味を持ったのでしょうか?


長年乗っていた車って愛着がわきますよね。自分も10年くらい乗るのですが、それを廃車にする際にいつも悲しい気持ちになっていました。でも、もしもいろんなところに行った記憶や想い出が、次の車に受け継がれるようになったら、その悲しさも少なくなる筈です。スターウォーズのR2D2のように、普段他愛ない会話をして、一緒に乗り物に乗って、思い出を共有できるロボットができたら、とてもハッピーな気持ちになると思うと伝えました。それは、トヨタ自動車片岡さまも考えていたことだったそうです。そのプロトタイピングとして、宇宙船にロボットを載せて、その船長と話してもらうという壮大なプロジェクトに共感して頂いたのです。


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なるほど、夢がありますが、夢がある分、企業で実施するには、なかなかスタートを切るのが難しそうなプロジェクトですね。


はい。日本人そして民間人初の国際宇宙ステーション船長となる、若田JAXA宇宙飛行士の搭乗タイミングに間に合わせるには、このお話をした時点で残り9か月に迫っていました。プロジェクトもかなり壮大で、かつ成功の保証はどこにもありません。難しいだろうと思っていたのですが、片岡さまが非常に短期間でトヨタ自動車の役員陣を説得してくださったのです。そうして初めて、KIROBO ROBOT PROJECTが正式にスタートしたのです。


今回、キロボでトヨタが関係しているのは、かなりの部分で関わっていると考えて良いのでしょうか? 今回のプロジェクトには、トヨタのほかに、東大、JAXA、そして電通と関わっていますね。それぞれの役割をお教えください。


トヨタ自動車は、ロボットの知能化部分、つまり大切な頭脳の開発、製造を行ないました。そして、ロボットのデザインは、東大/ロボ・ガレージの高橋特任准教授が担当しました。電通は、宇宙ビジネスで培ったノウハウを活かして、ロボットの宇宙化実験と、プロジェクト・マネジメント、そして広報を担当しました。民間の資金力と技術で挑むことになり、JAXAは特別協力という形でサポートしてもらいました。



「宇宙化」というのは、はじめて聞く言葉ですが、具体的にいうとどのようなことをされるのですか?


地上で使えるものを、国際宇宙ステーション内でも使えるように加工することです。そのための研究や実験が含まれます。例えば、国際宇宙ステーションで空気の入れ替えができないので、ロボットから有毒なガスが出てしまわないように、あらかじめ72時間ロボットを「蒸す」ことで、有害なガスを出し切ってしまう作業を「オフガス」と言います。電子レンジみたいな機械に、宇宙用のキロボと地上用のミラタ2体がちょこんと並んで蒸されるのですが、まるで日焼けマシーンを使う人みたいで可愛かったですよ。詳しくは公式HP(kibo-robo.jp)に14個の実験が上がっていますので、ぜひご覧頂きたいです。


「宇宙化」でたいへんだったことは何でしょうか?


ジェット機を借りて急上昇・急降下を繰り返して、疑似的に無重力状態にする実験など、簡単なことがないくらいでした。でも、印象に残っているのは、カメラを装着するための工夫です。



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カメラをロボットに装着することが、宇宙では大変なことなのでしょうか?


我々が選んだカメラをロボット内部に装着して国際宇宙ステーションに送ると、電源を入れた後わずか20分で120度を越してしまうことが、シミュレーションの結果分かったのです。


なぜ、そんな高温になってしまうのですか?


じつは空気にも重さがあります。地球上では、常に空気が流れて(対流して)いて、物が冷える現象は空気の流れが影響します。空気は温められると軽くなって上昇して、代わりに新しい空気が物の周りに流れ込むことによって、物が冷やされていくのです。しかし、無重力状態だとこのような空気の流れが起きず、熱くなったら熱いまま、物の周りにとどまって、どんどん熱くなってしまうのです。国際宇宙ステーションの中は、人工的にわずかに空気の流れを作り出していますが、キロボの内部カメラまではその効果が働かずに、表面温度の規定値(49度以下)を守るどころか、最悪の場合焼損してしまう危険性が分かったのです。


カメラをロボットに装着することが、宇宙では大変なことなのでしょうか?


我々が選んだカメラをロボット内部に装着して国際宇宙ステーションに送ると、電源を入れた後わずか20分で120度を越してしまうことが、シミュレーションの結果分かったのです。


それでは、カメラはつけられなかったのではないでしょうか?


はい、おっしゃるとおりで、日本を代表する工学者がそろっている、JAXA、トヨタ自動車、東大から「残念だと思いますが、カメラは外すべきです」という意見を頂きました。でも、文系の学部を出て、40歳を過ぎてから理系の大学院に通っている、ど素人のプロジェクト・マネージャーが「カメラはつけるべきです」と主張してしまったのです(笑)


どうしてそこまで、こだわられたのですか?


会話実験を行う、国際宇宙ステーションの「きぼう日本実験棟」内には、CANONのG-1という高性能カメラが設置されています。普通に考えたら、リスクを考えてロボット内のカメラは必要ないという結論になるでしょう。でも、自分は世界中の子供たちが、キロボの目をとおして、若田JAXA宇宙飛行士と話す様子を実感したり、キロボの目からみた宇宙の景色を見たいのだと思いました。客観的な視点から映すキロボだけでは、子どもたちは感情移入が難しいのです。子どもたちがキロボと気持ちをひとつにするためには、どうしてもキロボの目線から宇宙を眺め、一緒になって地球を見つめる必要性を感じたのです。最初は「西嶋さんは、素人だから大丈夫だと考えるのです。」と諭されましたが、結局全員が「子どもたちの希望のために、何とかしよう!」という意識でまとまりました。この素晴らしいメンバーで開発できたことを、誇りに思っています。


結局、どのような工夫をしてクリアしたのですか?


はい、背中に4mmのファンをつけて、お腹に空気がとおる穴を設けて、強制的に対流を起こすようにしました。このようにカメラ部分を冷ますことで、基準をクリアしたのです。ただ、工期は当然伸びましたので、ふつうのメーカーのプロジェクトマネージャーだとしたら、これは大失格ですね(笑)


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なるほど、子供たちのことを考えて、ひとつの主張を通すと言うことは大変だったろうと思います。プロジェクトをマネジメントする役割の人間として、どんな想いを持ちながら、そういう主張をされていたのでしょうか?


私が大切に考えていたのは、「人が技術に合わせる」のではなく、「技術が人に合わせる」べきだということです。「そのアイデアは、自分の大切な人を本当に幸せにできるのか?」という問いかけを常に考えています。どんなに高性能な製品をつくろうとも、自分の周りにいる大切な人を笑顔にすることができなければ、存在する意味がないと思っています。たとえシステム的に正しく動くものでも、それが世の中的に正しいかどうかは、まったく別の問題なのです。だからこそ「そのロボットは、自分の愛する人、大切な人をハッピーにできるか?」という問いかけを、いつも考えるようにしています。


それは、非常に深いところから出てくる想いのようですね。そもそも、今回のこの寄り添いロボットということを発想した源とも関係がありそうですね。


はい。寄り添いロボットという発想の土台にあったのは、じつは病気をしていた母親との別れです。本当はずっとそばにいたかったのですが、一人息子だったので薬代を自分が稼がねばならず、携帯と警備会社の緊急ボタンを持たせて、勤め先から時々電話をして過ごしていました。でもある日、朝電話がつながったのに、昼に電話に出てくれませんでした。「お昼寝かな?何かあったら緊急ボタンを押すだろうし。」と、のんきに仕事を終えて家に帰ったところ、床で倒れている母を発見したのです。その時はじめて「ボタンも押せないこともあるんだ・・・」と知ったのです。しばらくは、最期に「助けて」とか、自分の名前を呼んだのではないか?と苛まされました。


そんなことがあったのですね・・・。そして、それがどのようにロボットにつながっていったのですか?


しばらくは自責の念に駆られていましたが、じつはどんなに大切な家族でも、24時間そばに付き添うことは、誰でも難しいのではないか?ということに気づきました。自分も、母親の横にいても、せいぜい天気とご飯の話しかしていませんでしたしね。それなら、普段他愛ない会話をして、そして、緊急事態の時の声に反応して、離れた家族に知らせる機能の機械があれば、このような悲しい思いをする方が、将来少なくなるのではないかと考えたのです。そして、それはロボットにしかできないとも分かりました。いまはキロボ以外にもいろんなロボット開発に積極的に関わっていますが、根底にはこの思いがあり、もしかしたら弔いのような気持ちもあるのかもしれません。



西嶋さんのものづくりの原点は、きっと子供たちにも、このプロジェクトを見てインスパイアされた若い世代にも伝わっていくのではないかと思います。


そうだと嬉しいです。じつは非常勤で都立高校の先生もしているのですが、子供や若い人たちの前で話をさせていただくときに、ひとつだけ必ず言っていることがあります。それは、「新しい企画や製品を考える際に、まず半径3メートルにいる人を幸せにできるか考えてください。世の中的に正しそうに見えても、身の回りの大切な人さえ幸せにできないものは、おそらく社会全体を幸せにすることは難しいからです。」ということです。


つまり、ミクロの目とマクロの目で人を幸せにするかが大切だということですね。なるほど。今回、宇宙にはじめて言った寄り添いロボットとして「世界一」の認定を受けられたことで、こうしたメッセージも世界中に広がっていくことになるのでしょうね。


とても嬉しいです。自分はキロボの事務局もしているのですが、世界中の方から届けられるメールやツイッターをネットの自動翻訳を使いながら返信しています。今回、こうしてギネス世界記録に認定していただいた反響は、正直、想像以上のものがあって本当に驚いています。やはり、世界のギネス世界記録ですね!


有難うございます。それにしても、西嶋さんは面白い人生を送られていますね。お話を伺う前は、宇宙航空学の専門家とかエンジニア、研究者とカン違いしていました。でも実は、コピーライターで、普通のサラリーマンなんですよね。


はい、入社当初はロボットのロの字も関係ない、テレビ局の担当営業をしていました。その後コピーライターになってCMをつくって、いまではロボットを作っています。自分でも面白い人生だと思っています(笑)。30代までは自分のことだけを考えて、いい加減に楽しく生きていました。でも母親の死を契機に、「大切な人のことを考えたら、社会全体も幸せにできるアイデアが生まれるかもしれない」ことに気が付きました。そして、それは挑戦しないと形にならないことも実感しました。おそらくあらゆるギネス世界記録も、周りの方の協力なしには成し遂げられないと思います。東大、トヨタ、JAXA、そして同じ夢を持つ素晴らしい仲間を得られたおかげで、このような夢のようなプロジェクトを成し遂げられました。今、地球に帰還したキロボの特別展示ということで、日本全国をまわっていますが、子どもたちのキラキラした目に見る機会もたくさん得られて、本当に幸せだと思っています。


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「何歳からでも挑戦するチャレンジスピリットや、何か自分の中の可能性を探求する冒険心」ということは、ギネス世界記録が常にテーマにしていることでもあるので、西嶋さんのスピリットからは学べることが多そうです。


世界記録なんてスゴイことは、まったく無縁だと思って生きていた自分のような人間でも、身近な人への想いを貫いてみたら、それが道となって、形になっていくのだと分かりました。そして、まだ誰も到達したことのない、未到の地という場へと向かうワクワク感を、こんな40歳過ぎてからでも味わえるということも大きな発見でした。


素敵な言葉を有難うございます。十分に素晴らしい言葉をいただきましたが、最後に、ギネス世界記録のファンへのひとこと、お願いします。


「好きな人、大切な人が、今での人生でひとりもいない」という方は、いないと思います。「自分の大切な人のためにできることって、何があるのだろうか?」という気持ちを真剣に突き詰めてみると、何かしら新しいものが見えてくると思います。その想いを持ち続け、志が同じ仲間を見つけて挑戦を続ければ、その挑戦している時間が苦しい厳しい時間であればあるほど、その厳しい冬を乗り越えた春には、苦しかった分だけより美しい花が咲くことでしょう。ギネス世界記録は、自分に近しい夢を見つけられる素晴らしい本だと思います。ぜひ皆様も自分に近い夢をギネスブックの中から見つけて、楽しい仲間たちと一緒に、新たな挑戦をしていって頂けたらと思っております。


今日は、素晴らしいお話をお聞かせいただき、どうもありがとうございました。


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