2011年3月11日14時46分に発生した東日本大震災。
あれから4年の歳月が経ちました。
 
月日が経った今も、被災地を応援したいという思いは、ギネス世界記録に日々届けられています。これから紹介する記録はどれも、被災地を応援したいという気持ちから、ここ一年で生まれたギネス世界記録です。
 
世界一を通じて挑戦者たちが伝えたかった思いとは、一体どのようなものなのでしょうか。
挑戦者たちが記録に込めた優しい思いを、感じてください。
 
ギネスワールドレコーズは、大震災と原発事故から4年が過ぎたこの日に、 
改めて、犠牲になられた方々、被害に遭われた方々に、 
心からのお悔やみとお見舞いを申し上げます。


【紙飛行機に乗せた夢、体育館を舞う】 

paperairpane

2014年11月13日のギネス世界記録の日、ギネス世界記録への挑戦を企画したのは、茨城県潮来市立日の出小学校PTA会長の阿部慶介さんでした。

 

「震災=我慢、大変というイメージを、震災=みんなで乗り越えた、

みんなで協力して頑張った、頑張れば何か出来るんだというイメージに変えられないかと思っていました。

茨城県潮来市日の出という地域は東日本大震災で液状化現象の被害を多大に受けた場所です。

小学校は6年間しかない貴重な時間ですが、子供たちは液状化対策工事の環境の中、通学路とはとても呼べない道を毎日通学しています。

何かできないかと思っていた中、ギネス世界記録のことを知り、これこそ日の出小学校の全生徒で協力して出来、自分たち自身で世界記録を作ったと言う喜びと、自信と、連帯感が生まれる最高のチャンスだと思いました。」


挑戦のために選んだ記録は、「5分間で折られた紙飛行機の最多数(グループ)」(most paper aircrafts made in five minutes (team)

阿部さんは、子供たちが将来元気に外の世界に飛び出して行ってもらいたいという願いを込め、紙飛行機に一人一人の願い事を書き、その夢と希望を紙飛行機に乗せて大空に一斉に羽ばたかしたいと考えました。

結果、目標としていたイタリアの記録の2401個を大幅に上回り、4880もの紙飛行機を作ることに成功しました。

折り方に難があり、カウントされない紙飛行機も決して少なくなかったのですが、チームワークで世界一を目指す心の強さによってなのか、素晴らしい勢いでの紙飛行機づくりを成し遂げました。計算すると、ひとり6枚以上折っている形になります。


「子供たちの意識のどこかに、震災で大変だったというのが今もあると思います。ギネス世界記録への挑戦を期に子供たちの意識が変わって、日の出というのは地震の被害を受けたところではなくて、世界一をとった日の出だという風に意識を変えてもらえればと思い、今回チャレンジしました。世界一になって本当に最高の日でした。みんなが世界一になれて最高でした。これを機会に、努力をすれば、世界一にだってなれるんだということを学んでもらえたら嬉しいです。」



【世界から届けられた、石巻市への贈り物】

KnitForJapanPhotoCompleted

震災後、被災された東北の方々をニットで支援しようと、「Knit for Japan」という運動を立ち上げたドイツ出身のニット作家がいました。ベルンド・ケストラーさんです。

仮設住宅で暮らす被災者に、少しでも暖かい冬を過ごしてもらいたい。そう思ったケストラーさんは、世界中のニッターたちにかぎ針編みの提供を呼びかけました。

呼びかけは多くの共感を集め、結果、10ヶ国にも及ぶ国々から11,000枚以上の手作りのグラニースクエア(モチーフ編み)が集まりました。

そこから生まれたギネス世界記録が「最大のかぎ針編みブランケット(Largest crochet blanket)」です。2014年9月20日にかぎ針編みブランケットを一枚一枚つなぎ合わせて出来た巨大ブランケットは、測量士により計測され、464.64 m²(※)という大きさでギネス世界記録に認定されました。

測定終了後、ブランケットは2m×1mというサイズになおされ、 宮城県石巻市の仮設住宅で暮らす人々にプレゼントされたそうです。


※ 現在のギネス世界記録は2014年8月に南アフリカで達成された1,020.13 m²です。


【農業高校の高校生、地域に元気を発信】

bean mosaic

福島県相馬農業高校の農業クラブの生徒が中心となった「世界最大のシードアート製作委員会」が2014年3月に挑戦したのは「最大の豆モザイクアート 」(Largest bean mosaic)というギネス世界記録でした。大豆と黒豆の二色の豆を使って描かれたのは、地元の伝統行事、相馬野馬追の甲冑武者。約2トンの豆を使用し、地元住民も含めた延べ約100人で作り上げた300.85㎡の大きさの豆モザイクアートは、当時コソボ共和国の記録63.08㎡を大きく更新し、ギネス世界記録に認定されました。


「地域に元気を発信!」をスローガンに掲げる農業クラブが、今回伝えたかったこと。

プロジェクトの代表、農業高校農業クラブ理事長の山田裕亮さんは、このように語りました。


「今回の目標は、ギネス世界記録の達成だけではありません。その向こう側にある農業の再生です。このプロジェクトで高校生の頑張っている姿を見てもらって、地域に住むみんなで南相馬の復興を加速させていきたいです。この小さな大豆、種を通して農業の大切さを改めて感じて欲しい。そして私たち高校生という若い力のパワーで、この地域を盛り上げ復興を加速したい、これが最終目標です。」


【子供たちのメッセ―ジを乗せた、ピンク色の鯉のぼり】

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2014年8月23日、福島県伊達市の復興イベント「だてな復魂祭2014」の中で、地域の子どもたちがメッセージを書いたピンク色の鯉のぼりが空を泳ぎました。色がピンクなのは、福島の名産物である桃をイメージしてのこと。震災後なくなってしまった「鯉のぼりイベント」を後継に残していきたいという思いから、だて地域の特産品でもある「桃」の収穫時期8月に、3月桃の節句の桃色と5月の鯉のぼりを融合させたピンクの鯉のぼりを使って「一つの会場で同時に吊るされた鯉のぼりの最多数」(Most wind socks flown simultaneously, single location)というギネス世界記録に挑戦しました。結果は、2011年に香港で達成された6478匹を更新。7494匹というギネス世界記録達成です。


この挑戦の背後にあったのは、だて地域の人口減少でした。鯉のぼりに込められたもう一つの意味。それは、逆流の滝を昇り竜になるという鯉のように、だて地域が原発事故、そして子どもの人口減少の逆境を乗り越えられるまちでありたいという思いでした。


「近年の全国的な出生率の減少と原発事故による避難により、だて地域の将来を担う子どもたちが減っています。そこで、子どもが住みたいまちを作るため、ギネス世界記録に挑戦しようと思いました。子どもたちがイベントに参加することで郷土愛を育むことができ、名物となるモノを作り、情報発信することで地域活性化の一助となれば嬉しいです。」(だて青年会議所)

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【けん玉を通じて、心も体も健康に】

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震災後、放射能の影響や仮設住宅での生活による運動不足のために、心身の健康に影響を受けた市民のため、福島県白河市に「アナビースポーツプラザ」という健康施設が新しく作られました。

このスポーツプラザを建てたのは、東日本大震災の被災地復興を支援するカタール国の基金、カタール基金です。東日本大震災の復興に向けた歩みを、被災地と共に手を携えながら進めていく友でありたい、というカタール国の願いと意志が込められています。

その新しくできたばかりの「アナビースポーツプラザ」で2015年2月22日、「最大のけん玉教室」(Largest kendama lesson)というギネス世界記録への挑戦が行われました。子供からお年寄りまで、全ての方が楽しめる競技としてけん玉が選ばれました。


けん玉には色々な技がありますが、例えば「大皿」という、下に垂らした玉を引き上げて、大皿に乗せるという基本の技。

けん先を持って玉を中皿に乗せる「ろうそく」という技。この技は赤い玉のけん玉で試すと、火の灯ったろうそくのように見えることから、その名がついたそうです。

また、少しレベルが上がり、玉を垂直に引き上げ、けん先で受ける「とめけん」。これらの技を日本けん玉教会認定指導員のレクチャーの下、参加者全員で実際に試しました。

他にもけん玉の起源についてや、けん玉の世界的な流行についてなどの話を30分以上聞いて楽しみました。


さて、その結果は?公式認定員の審査結果の発表です。

「268人で新たなギネス世界記録達成です!」

家族3世代で参加した方もおり、思い出に残る挑戦となったようです。

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【編集部・アスミ】