70年代初頭、グラムロックの台頭とともに、一気に世の知る人となったロックスターが、デビッド・ボウイでした。彼は、自らをカメレオンのように変化させることで、40年もの長きにわたり、ポップアイコンとしてのイメージを常に革新、変容させてきた表現者でした。もちろん、この偉大なアーティストは、ギネス世界記録とも無関係ではありませんでした。さて、どんな人生を歩んだ人なのでしょう?


彼が生まれ育ったのは南ロンドン。最初に彼の名を知らしめることになったアルバム『スペース・オディティ』は、1969年にリリースされました。 (ただし1967年にも、『デビッド・ボウイ』というアルバムがリリースされている。)


このアルバムに収録され、シングルカットされた曲「スペース・オディティ」は、アポロの月着陸のほんの数日前という絶妙なタイミングで発表されたものでした。

1971年には、アルバム『ハンキー・ドーリー』を発表、本作では、「Life on Mars」 や「Changes」などの革新的な音楽を世におくりだし、さらなる脚光を浴びました。
 
 そして、彼を決定的に有名した1972年のアルバム、『ジギースターダスト』では、ペルソナをつくり、そのつくられた人物を自分のアート作品や現実と重ねるという表現手法で、これまでにない形のポップスターとして、世界のメディアにその名と彼のイメージを轟かせることに成功したのでした。

このアルバムに入っている「スターマン」や「サフラゲットシティ」などは、聴いたことがあるという日本人も多いのではないでしょうか?
 

しかし、デビッド・ボウイが凄いところは、このせっかくつくりあげ、絶大な支持とインパクトを与えた「ジギー・スターダスト」というイメージをあっさり捨て去ってしまう点でした。彼は、このジギー・スターダストのイメージを消してしまうと、また新しいイメージをクリエイトすることに心血を注ぎ、次々に、奇妙で魅力的なイメージを世界に発信しつづけたのでした。

ソウルフルなロックスターだったり、電気仕掛けの改革者だったり、ダンディーな紳士だったり、あまりにも色んなイメージを備えたアーティストであるがゆえに、「デビッド・ボウイ」と聞いても、イメージする彼は人によって異なるはずです。

そして、これらの成功を重ね、後に、「UKチャートにおける英国人シンガーによるNo.1アルバム最多数 (Most UK No.1 albums by a British male singer)」というギネス世界記録に認定されることになります。(現在、この記録を保持するのは、ロビー・ウィリアムスです。)


1985年、彼が出演したライブ・エイドは、全世界150カ国で19億人以上の視聴者の注目を集め、ギネス世界記録に認定されています。記録名は、「同時開催されたロックコンサートのテレビ視聴者の最多数(Largest simultaneous rock concert TV audience」でした。


そして、意外なところでも、彼の音楽キャリアは換算されることになります。2000年版『ギネス世界記録』で紹介された記録名は、「株式市場における最も価値が高いポップスター(Most valuable pop star on the stock market) 」でした。1990年までにリリースされていた25枚のアルバム債が、株式市場で3300万ポンド(=5500万ドル(約65億円))の値をつけたのです。

1997年、彼は、自らの楽曲に関するセールスに対しての権利を売り払い、の資金を調達するという革命を起こしました。これは、通の間では、「ボウイ債」と呼称されて、大きな波紋を起こしました。一音楽家が作品の「知的財産権の使用料」を金融商品として証券化したのです。これは世界で初めてのことで、様々なアーティストに影響を与えました。これは一見すると、「芸術家」が「お金」に走ったと思われるかもしれませんが、レコード会社やプロモーターなどに食い物にされてきた他の多くのアーティストと一線を画するボウイならではの革新的な戦略で、自らの創造したアート作品をのロイヤルティーを完全に掌握しようとする試みでもありました。

ジャンルを超えて、様々な実験を続けるこの男は、世界がデジタル時代へと突入しようとすると、その世界へもいち早く飛び込み、定期購読ベースのインターネットサービスを提供しはじめます。また、オンライン配信だけに絞った音楽リリースを行ったりもします。こんな風に、彼は、常人では考えられないスピード感で時代を駆け抜けていったのです。そして、彼のこうした取り組みは、まさしく「世界一」のものでした。それを証明するかのように、彼のこうしたデジタル上での活動は、記録名、「最もはやくインターネットサービスをつくったアーティストFirst artist-created internet service provider)」としてギネス世界記録に認定されています。


芯から実験精神に溢れるアーティストである彼はもちろん、映画に出演しました。ファンタジー映画『ラビリンス』や大島渚監督の映画『戦場のメリークリスマス』など、が彼の出演作でした。しかし、何よりも彼を特徴づける映像は、2013年に撮影されました。これは、彼自身のPVではありません。ここには、デビッド・ボウイは出演していません。しかし、「革新」や「宇宙」をずっと自身のインスピレーションとして作品に取り込んできた彼の代表作「スペース・オディティ」が宇宙飛行士が、実際に遊泳する宇宙船ISSの中で選曲されることとなり、ギネス世界記録へと認定されたのでした。記録名は、「宇宙空間で撮影された音楽ビデオ(First music video filmed in space)です。

 



David-Bowie-The Next Day
そして、自らの死までも自分の芸術に取り込んでしまう彼の最後のアルバム『Black Star』は、彼がこの星を去る1月8日に発売されました。

これだけ、ポップスター然としたスター、才能と美貌の人物は、なかなかこの星に現れるものではありませんね。ギネス世界記録は、彼のこの訃報に際し、ご家族やご友人に哀悼の意を表するとともに、彼の偉大なる栄光と芸術作品には、最大限の敬意を表したいと思います。

[編集部 スズ]