2016年5月21日、高さ1.42メートル、重さ420キロの巨大な御朱印が「最も大きな木製スタンプ(Largest Wooden Stamp)」として、ギネス世界記録に認定されました。箭弓稲荷神社(埼玉県東松山市箭弓町)の御鎮座1300年を迎えるにあたり、印鑑職人をはじめとする様々な職人たちの手でつくられた思いのこもった作品が見事にお披露目を迎えたのです。

御朱印の印面には「箭弓稲荷神社」という6文字が彫られたわけですが、このギネス世界記録のプロジェクトに挑戦するにあたり、箭弓神社が鎮座する比企地域の皆さんや職人さんには、ある想いがありました。今回のインタビューは、プロジェクトに携わった横塚正秋さん(実行委員長)、青木美恵子さん(コーディネーター)、中原和弥さん(印章彫刻職人)、笠原和樹さん(木工職人)の4名にお話しをうかがいました。

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実行委員長の横塚正秋さん(写真左)とコーディネーターの青木美恵子さん(写真右)


 

箭弓稲荷神社が御鎮座1300年を迎えての記録挑戦!

Q. ギネス世界記録の認定、おめでとうございます。認定を受けての感想を教えてください。
 
青木さん:我々の想定以上の素晴らしい御朱印が完成したと思います。認定証授与の際には、観客の皆さんにも喜んでいただき、ギネス世界記録の世間への浸透性を改めて感じました。
 
Q. このギネス世界記録のプロジェクトは何がきっかけで始まったのですか?
 
青木さん:712年(和銅5年)に創建された箭弓稲荷神社が御鎮座1300年を迎えるにあたり、未来に残せるものを作りたいと考えていました。前年9月の例大祭でメンバーから日本一大きな御朱印を奉納したいという声があがり、どうせなら世界一大きな御朱印を作ろうじゃないかという話で事が急速に進んだのです。
 
Q. 日本一を目指すところから始まって、最終的には世界一を目指したプロジェクトが始まったわけですね?
 
横塚さん:はい。世界一を目指す理由のひとつとして、結果的に町おこしとなることを目指しました。町おこしの理由ですが、箭弓稲荷神社が鎮座する比企地域は首都圏の50km圏内にあり、災害が全くなくきわめて平和で良い場所なんです。
 
ところが、一市七町一村という広大な面積に人口が25万人弱しかおらず、人口減少率が埼玉県の中でワーストクラスなんです。こうした現状を打破するために、町おこしとしてギネス世界記録に挑戦し、若い人たちに比企地域の良いところを認識してもらいたいと強く思ったわけです。
 
Q. 比企地域の良さを世間にアピールするために、どんなことを考えましたか?
 
横塚:比企地域には、これまで2つのアピールポイントがありました。1つ目は、ノーベル物理学賞受賞者の梶田隆章先生の出身地であるということ、2つ目が2年前にユネスコ無形文化遺産に手すき和紙の細川紙が選ばれたことです。それにギネス世界記録が加わって、世界のトリプル3が揃えば、地域の良さに気づいてもらえるんじゃないかと思いました。
 
こうした背景から、「誇れる我が郷土・比企」をモットーに、地元の誇れる作品を作るべく、御朱印の材料はすべて地元の原材料にこだわりました。捺印する印紙には細川紙を使いましたし、御朱印の木は埼玉県の「県の木」に指定されているケヤキ材を用いました。
 
外部に委託せず、作る工程を全部自分たちでやるんだと決めていたので、材料探し、字入れ、彫刻、仕上げ、捺印の5工程を職人だけの力でまかなったわけです。
 

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印章彫刻技師の中原和弥さん(写真左)と木工デザインおよび職人の笠原和樹さん(写真右)

 

世界記録挑戦のために全国から職人が集う

Q. 巨大な御朱印を作る職人さんはどうやって集めたんですか?
 
中原さん:以前私が会長をあずかっておりました、全国の印章彫刻職人の若手が集う全日本印章業青年部連絡協議会(全青協)に声をかけて、ゴールデンウィークに手伝ってほしいことを伝えたところ、「喜んで」という声が沢山あがりました。最終的には、北海道から大阪までのメンバーが総計36人参加してくれたんです。
 
今回は全青協としての事業ではなかったため、交通費も自腹で一切こちらから金銭的な支払いがなかったにもかかわらず、お土産まで持って参加してくれました。
 
Q. 御朱印の製作過程のなかで難しかった点を教えてください。
 
笠原さん:全部の工程で苦労しました。まず、無垢の原材料としてケヤキの原木を探すことから始まりました。これだけ幅の広い大きなケヤキというのはなかなかないので、宮大工の方から助言をいただき、最終的に埼玉で採れたケヤキを入手することができました。
 
神社の御朱印の形状を忠実に再現しつつ、約24倍の大きさに製作するにあたり問題になるのが、現在我々の業界で使用されている加工機械や木工道具がこれだけ大きな木材を加工出来るように作られていないと言う事。そのため、製作には技術だけではなくお互いの知恵を合わせ、綿密な打合せ、そして作業途中に何度も確認を繰り返し進めることで、安全な作業のなか、高い精度の形状を創り上げる事ができました。
 
もうひとつ、御朱印を押す紙が必要でした。大きい紙をいっぺんに漉けないですから、和紙漉きの専門の方に細川紙を86枚使用して1枚1枚貼り合わせてもらいました。紙は、テスト用、本番用、奉納用の3枚作っていただきました。このほか、紙への捺印も実は苦労しました。本物の細川紙は硬くてしっかりしているので、捺印の際には重しを載せたり、朱肉の量を増やしたりなど試行錯誤を重ねました。
 
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日本でもトップクラスの職人が製作

Q:御朱印の印面を彫る作業も大変だったと思います。通常のハンコの24倍もの大きさのものを荒彫りするのは苦労されましたか?
 
中原さん:ケヤキを彫刻する作業であったわけですが、当初はスギやヒノキを使うと思っていたんですね。というのも、通常は硬いケヤキをハンコみたいに彫るってなかなかないんです。それゆえ、ケヤキを彫ることに決定した時点でかなり頭を抱え込みました。ただ、私としても機械ではなく「手で彫ること」にこだわりをもっていました。
 
また、古く痛んだ神社仏閣の印を彫りなおす事が仕事でありますが、その際大切なのは、当時の人は何を思い考え、この印の文字をしたため彫刻したのかっていう「彫り手のメンタル」に自分を落とし込むことなんです。今回は24倍にも大きく彫りますので、小さな差異が大きく見えてしまいますから。そして、手による仕事には「魂が宿る」と考えておりますので、無茶難題でしたけど最後まで彫り続けました。いかんせん辛かったのは、ノミが欠けるくらいケヤキが硬かったことです。欠けたらすぐに砥いで作業を続けました。
 
Q:最終的に出来上がった印面をステージ上で拝見しましたが、「箭弓稲荷」の字のラインが印面に綺麗に浮き出ていて、さすが職人技だなと思いました。
 
中原さん:最後の仕上げは文字の周りを字は小刀一発できめていきます。最初に見本の印影をよく見て、字面を頭の中に叩き込み、上から眺めて、小刀一発でどこをどう線を作っていくかイメージするのです。日本でもトップクラスの若手職人達が集っていましたが、現場の空気は緊張感でいっぱいでした。
 
Q:実際には何日くらい荒彫りして御朱印が完成したのですか?
 
横塚さん:ゴールデンウィークの一週間くらいです。
 
Q:皆さん1日に何時間も作業されて大変だったんですね。大きな印面に皆でいっぺんに向かって彫るという状況だったんですか?
 
中原さん:順番に1日5~6人ずつ取り組みました。あと、大変という気持ちは生まれませんでした。普段は細かい印鑑をずっと彫り続ける仕事じゃないですか。今回は大きなハンコをいかにきちんと仕上げるかが大事だったので、、通常の仕事とは真逆だったこともあり、のめりこんでしまい楽しくて離れられなかったです。
 
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2,500人もの聴衆を集めたお披露目の瞬間


Q. 皆さん、御朱印を彫れることについて、どんな気持ちだったのでしょう?
 
中原さん:彫っている時はすべて文字に対して向き合ってしまうので、対象が小さくても大きくても感覚は変わらなかったと思います。これははんこ職人が持っている特性ですね。休んでくれって言われても休まないで彫り続けてしまうんです。
 
Q. 御朱印が完成し、晴れて世界一の一員となった職人さんたちはどんな感想を述べていましたか?
 
中原さん:皆さん、「ギネス世界記録がとれて良かった、とにかくホッとした」と言っていました。
 
Q. 御朱印を奉祝行事で披露する際、クレーンで吊りあげて捺印する素敵な演出がありましたが、お客さんの反応はいかがでしたか?
 
笠原さん:当日はお客さんが2500人くらい集まってくれて、披露の瞬間はどよめきがすごかったです。また、ギネス世界記録認定員のヴィハーグさんが素晴らしい挨拶をしてくれたんです。
 
ギネス世界記録設立の趣旨を語ってくれまして、「誰でも努力をすれば世界一になれるという希望を持って、設立された」ということをあの雰囲気で言っていただいて、参加した皆さんもその言葉が胸に残ったんじゃないかなと思います。
 
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ギネス世界記録認定は「結果」ではなく「スタート」


Q. 今後、事業としてはこれをさらに受け継いで大きくしていくとか、この記録以外に次の記録に向けて何か考えられていますか?
 
横塚さん:まず、自分たちで自分たちの地域を見つめ直していきたいという気持ちが基本的にあります。ギネス世界記録で認定されたという結果だけで終わったら何にも残らないと思っていて、これがスタートだと実感しています。これからは今回の記録を活用して、自分たちの心の中で自分たちのものにしながら、色んなことに挑戦したいです。
 
どうしても事業やイベントというのはその場だけの結果で、ピークで終わるんですね。私たちとしましては、1300年箭弓稲荷が続いてきたのは、それぞれの皆さんがそれぞれ努力をしてきた結果であり、我々としてはギネス世界記録という新たなシンボルをそこに付加して、これから1300年後にどういうふうになっているかということをみていきたいです。
 
誰かがどこかで何かをしなければ、結果っていうのはでないんです。ですから、1300年続いてきたという結果は必ず過去に誰かがそれぞれのところで努力したことを忘れたくないですね。未来の人にも過去に「世界一大きな御朱印」でギネス世界記録をとった神社だと伝えられることを誇りに思います。
 
Q. すごいことですよね。未来の人たちからみれば、「何だ、この巨大な御朱印は!誰が作ったんだ!」ってなりますものね。
 
中原さん:そもそも神社に奉納するということは、ある意味でタイムカプセルなんです。神社・仏閣に納めるものは、火事や地震などよっぽどのことがない限り、そこに残り続けるんです。未来永劫、自分たちが作ったものを記録として残せるのは嬉しいです。
 
タイムカプセル的なものになるということは皆さまの前にさらされることにもなるので、一級品のなかの一級品でなければ皆さんも納得しないと思って私も作りました。技術だけでなく心もこめて作りあげるのが大事なことなんだなって改めて感じます。今回の挑戦では通常の仕事よりも朝早く作業にとりかかるようになって、砥ぐ力もいつもより入念になりました。
 
Q. 奉納物として神様に捧げるという意味でいうと、何か自分がやらなきゃという気持ちになったのでしょうね。
 
笠原さん:この御朱印は、自分たちの息子もその子孫の先にもずっと知れ渡っていくと思うので、恥じない仕事・誇れる仕事という意味で、ひとつずつ丁寧にこなした次第です。
 
Q. 今回参加してみて、周りからの感想や周囲に変化が見られましたか?
 
横塚さん:今回この事業でありがたかったのは皆さんから感謝だけでなく、感動してもらえたことです。私たちにとっては綺麗ごとではなく、皆さんから「感動した」という言葉をいただけたのが本当にありがたかったのです。皆さんボランティアだったので、お金じゃない世界のなかであれだけのものが作れたということに対して、お金では買えない感動があることをつくづく実感しました。
 
参加した若い職人たちも、子供から「パパかっこいいね」って言ってもらえたり、普段は大人しい子供が、パパがステージに上がった時に、「パパー!」って大きな声で呼んだ例もあり、今回の挑戦によって子供たちにも変化がみられたんです。パパの情熱がわかったんでしょうね。
 
Q. 最初の頃にギネス世界記録に対して思っていたイメージってあると思うんですけど、最初のイメージと、世界記録をとったあとではイメージは変わりましたか?イメージ通りでしたか?
 
横塚さん:イメージ以上です。今までは、ギネス世界記録が他人事だったんですね。何でも新しいものをやれば記録が取れるのかなぁと正直思っていました。今までは本当に他人事でしたが、実際挑戦してみると、これは並みのことじゃないんだって思って、他の認定者たちに対しても考え方を変えることができたのが率直な気持ちです。
 
日本の神社、しかも御朱印を模してスタンプにした今回の記録は、海外の人にとっても印象的であり、比企地域の町おこしだけにとどまらず、日本の神社・仏閣に対する好奇心をわかせる結果にもつながるかもしれませんね。改めてギネス世界記録への認定、おめでとうございます!


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記録名:最大の木製スタンプ | Largest Wooden Stamp/Seal 
記録保持者:箭弓稲荷神社
記録数:1.69 m² (18.19 ft²)