ジェーン・グドール: 最も長期にわたる野生霊長類研究

ジェーン・グドール博士による野生霊長類研究の膨大さと、生物学に対する計り知れない貢献は言うまでもない。それだけではなく、自然界が世代を超えて保存されるための活動を今なお続けている。ここでは、動物と関わる仕事を夢見た10歳の子どもが、世界最大級の環境保護に携わるまでに成長する姿を振り返る。

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2020年はイギリスの霊長類学者で環境保護を掲げるジェーン・グドール博士にとって、重要な年だった。タンザニアで野生のチンパンジー研究をはじめて60周年になるからだ。この研究活動は「最も長期にわたる野生霊長類研究|Longest-running wild primate study」としてギネス世界記録に認定されている。

長年にわたるグドールの研究は、DBE(大英帝国勲章 デイム・コマンダー。グドールは「デイム」という言葉はパントマイムのキャラクターを連想するので好きではないそうだ)をはじめ、レジオンドヌール勲章、タンザニアメダル賞などを受賞し、国連ピース・メッセンジャーにも任命されている。


ジェーンとターザン

グドールは幼少期から自然に興味を持っていた。子どものころに持っていたおもちゃはテディベア……ではなく、ジュビリーという名前のチンパンジーのおもちゃだったそうだ。

愛読書は「ドリトル先生」や「ジャングル・ブック」、「ターザン」など。そしてわずか10歳で、"アフリカに行って小説で読んだ野生動物を自分の目で見る"という目標をたてた。

そんな彼女の志に対し、周囲の反応は決してポジティブではなかった。「みんな笑いましたよ。第二次世界大戦の真っ最中だったし、アフリカは遠い場所。家族はお金がなかったし、私は女の子でしたから!」とグドールは振り返った。しかし、彼女には応援してくれる人が1人いた。それは彼女の母だった。本当に欲しいものがあるなら、努力して、チャンスをいかして、決して諦めてはいけない--グドールの母はそう助言した。

ゴンべでフィールドノートを書くグドール

そんな"チャンス"(と言っても、実はグドールが仕掛けたものだが)は1957年、ケニヤに学生時代の友人に会いに行った時に訪れた。そこで著名な古人類学者、ルイス・リーキーとのミーティングを設定し、自身のアイディアを議論した。そのアイディアとは、現在生息する霊長類を研究することで、人類の起源について多くを知ることができるのではないか、というテーマを主軸としたものだ。秘書としてグドールを受け入れたリーキーだったが、それでは彼女のポテンシャルが全く発揮できないことに気付く。そこで、グドールを正式なアシスタントにすることを視野に入れ、最先端をいく霊長類学者たちから講義を受けらるように設定した。

夢から現実へ

それから3年後、グドールはリーキーが手配した遠征で、タンザニアのゴンベ渓流チンパンジー保護地区へと旅立った。グドールが世界で最も長い湖、タンガニーカ湖のほとりにある、訪問者の少ない森林地帯に踏み入れたのは、26歳の時だった。同行したのは母(当時は、母と同行することは安全措置とされていた)と、キャンプを管理する援助をする現地のコック、ドミニクだった。

 

グドールにとってこれは大きな瞬間だった。この遠征調査が成功するようにと、多くの信頼と資金を得てきたのだ。しかしその事実に、彼女は動じなかった。

「タンガニーカ湖のほとりを歩き、険しい山々や深い森林におおわれた谷を眺めて、ここからどうやってチンパンジーを探すのかと戸惑いました。しかし、レインジャーがテントの設置を終えて、反対側の斜面を1人で登り、座って湖を眺めていると、ヒヒの声を聞いて、嬉しくなりわくわくしました。」

グドールはアフリカのジャングルにいく目標を達成したが、チンパンジーからの信頼を得て、近くで観察できるようになるまでは、時間を要した。

 

初期にチンパンジーを観察する数あるお気に入りスポットからの眺め

「少なくとも3か月は、チンパンジーを見つけたらその瞬間に逃げてしまいました」とグドールは語った。「なので当初は"ザ・ピーク“と呼ばれる高台から双眼鏡で観察していました。しかしそのうち彼らも私に慣れてきました。」

「ある忘れられない日があります。渓谷の反対側で、7頭のチンパンジーが毛づくろいをしたり遊んだりしているのを見かけました。少しだけ近寄ろうと思ったら、距離感を見誤って、彼らの近くにあった草木から出てきてしまいました。逃げるだろうと思っていましたが、驚いたことに彼らは、私を見たあと、そのまま毛づくろいや遊びを続行しました。私は受け入れられたのです。あれは、私の人生のなかで最も誇らしい瞬間でした。」

私の存在を完全に受け入れられるまで、そこまで接近しようとしませんでした。しかし多くのケースでは、彼らが私に近づいてきました。動物たちが私たちの存在を知っていて、それに警戒していないことが分かってはじめて、彼らが普段の行動をしているか確信を持てるのです。

グドールの観察で最も重要な発見の1つは、小枝を加工してシロアリをとることだ。この発見によって、ホモ・サピエンスと他の霊長類を区別する方法が書き換えられたのだ。

この大きな発見をした時の気持ちを、グドールはいまでもはっきり覚えている。「驚きました。石器時代の先祖の化石を探し続けたルイス・リーキーは、この発見に興奮するだろうと思いました。当時、私たち人類は"ツールメーカー"であるという認識があり、工具を作ったり使ったりするのは私たち人間だと考えられていました。」

実際この発見をリーキーに電報すると、こう返事が来たそうだ:「こうなったら人類を再定義するか、工具を再定義するか、またはチンパンジーを人類として受け入れるかだ!」


ゴンベの現在

ゴンベにおけるチンパンジーの観察・研究は、ジェーン・グドール・インスティチュートのもとで現在でも行われている。しかし研究の方法は当初より大きく変化しており、最先端の科学技術を導入している。

例えば、高解像度の衛星画像や森林変化モデリング・ソフトウェアの使用したり、チンパンジーの尿や糞を分析し系統や病気をよりよく把握できるようになった。特に後者は重要で、人間とチンパンジーの間で観戦する病気を知ったり、COVID-19などといったパンデミックの脅威について研究することも可能としている。

1960年の観察開始以来、165,000時間分の観察記録が収集され、そこから何百にも及ぶ学術論文がうまれた。

若かったころのゴールデンとグリッター、現在では最高齢の双子のチンパンジーにn

60年経ってもまだ研究するものがあるのかと思うかもしれないが、いまでもかつてない発見が行われている。例えば、2020年7月に22歳になった「最高齢の双子のチンパンジー|oldest known twin chimpanzees」のゴールデンとグリッターは、双子でありながら性格が大きく違う。ゴールデンとグリッターは、双子の性質を探る貴重な機会を与えている。

ジェーン・グドール・インスティチュートの活動範囲は、人々を助ける領域まで広げた。グドールは、ゴンベの野生動物の保護とその近くに住む人間の状況は大きく関連していることを知っているからだ。

私たちは、ゴンベのチンパンジーの研究を続ける一方で、地域の人々を支える包括的プログラム「TACARE」も開発した。土壌を荒荒らさない農業や、過剰使用された農地の肥沃(ひよく)修復、日陰で育つコーヒー、タンザニアの自治体と協力して作るより良い医療施設や教育施設、適切な水源管理プログラム、ムハマド・ユヌスのグラミン銀行に基づいたマイクロクレジット・プログラム、家族計画情報の提供などが含まれる。

グドールとジェーン・グドール・インスティチュートは多くのチンパンジーを野生に返している。密猟者に捕らえられたワゥウンダ(Wounda)もその1頭

 

ジェーン・グドール・インスティチュートが主導して行った活動の1つが、「Roots & Shoots(ルーツ&シューツ)」だ。この環境教育プログラムは、新しい世代の人たちが私たち以上のことができないのであれば意味がないという、グドールの考えのもと、スタートしている。

このプログラムは1991年、タンザニアの最大都市ダルエスサラームの生徒12人とグドールによるミーティングで開始した。そこでダイナマイトを使用した違法な漁業や自然公園内での密猟、野犬の虐待、町中での麻薬利用などについて議論された。「全ての個人が役割を持っていて、その行動が毎日何かの影響を及ぼしていて、どのような影響を与えたいかは、自身で選べることができる。このメッセージは開始当初から変わっていません」とグドールは語る。

グドールとRoots & Shootsメンバー、そしてぬいぐるみの旅の友、Mr. H
2019年7月、ハリー王子訪問のためにウィンザー城に出向いたグドール

 

現在、「Roots & Shoots(ルーツ&シューツ)」プログラムは100か国以上で展開しており、幼稚園から大学まで幅広い年齢層で積極的行動を促している。最近では高齢者に向けたプログラムもあり、企業はもちろん、老人ホームや刑務所にも出向いている。

私たちの多くにとってグドール並みの環境保全貢献をするのは困難だが、グドール本人は、1人ひとりが役割を持っていると強調する。「誰にだって変化を促すことができます。多くの人は無力さを感じたり諦めたりしているから、何もしないのです。しかし毎日小さな選択ーーあなたが買ったり食べたり着たりするものがどうやってできたか、環境を害したかを考えたりすることーーこういった小さな倫理的な選択を何億人が行えば、より健康的な世界に近づくのです。」

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タンザニアの学生とともに苗木を植えるグドール