女子レスリング選手、伊調 馨

2004年のアテネ五輪、2008年の北京五輪、2012年のロンドン五輪、そして2016年のリオ五輪と4連破を飾り、「オリンピックにおける連続最多優勝回数(個人、女子)」「オリンピック・レスリングにおける最多金メダル獲得数(女子)」という記録タイトルでギネス世界記録に認定された女子レスリングの伊調馨選手(ALSOK所属)。

不屈の精神で、偉業を成し遂げた彼女が、胸に抱き続けた想いとはどんなものだったのでしょうか? 本人にお話をうかがいました。

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"周りに助けられながら、追求し続けられたからこそ"

ーー今回、ギネス世界記録に認定されてのお気持をお聞かせください。

4連覇の時もそうだったんですけど、私自身は凄いことをしたという実感がなく、ただ純粋にレスリングが好きでここまで追求してきた結果だと思います。

ギネス世界記録は小さい頃から知っていたものですし、凄い人しかとれないこともわかっているので、それを自分がいただいたことは不思議な気持ちです。

ーー世界中が驚くホントウに凄いことを達成された伊調さんですが、ご自身では、なぜこれほどまでの偉業が達成できたとお考えなのでしょうか?

その答えはとてもシンプルで、「続けてきたから」なのだと思います。

ーー2004年のアテネ五輪からの4連覇、この間には常人では考えられないようなトレーニングをされてきたと思うのですが、1つのことに集中して、道を突き詰めていくということは、伊調選手にとってどんな意味のあることなのでしょうか?

そうですね。率直に言えば、これは、自分の意志だけでここまで続けてこられたわけではないのです。続ける過程においては、当然ながら、色んな人の言葉や言動だったり、テレビに出ている方や周りの方々の影響もあったのです。ですから、自分1人で生きてないなってことを改めて実感します。

でも要所要所で「この時はこの人の言葉が1番自分の背中を押してくれたな」とか「続けることを選んだ1番のきっかけになった人だな」と思うことならあります。でも、繰り返しになりますが、自分の意志だけで続けてこられたわけではありません。

その時その時で「何か」があって、その「何か」に自分は救われてきたのだと思います。それでも最終的には、「自分で選択して続けよう!」ってなるんですけど、それまでは色んな出来事や人に背中を押してもらっています。だから、考えてみれば、自分でも不思議なのです。

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ーー2002年の18歳からずっとチャンピオンですよね。世界一ということに対して意識がすごくあるということなのでしょうか?

やはり、最初の頃は初めてチャンピオンになったという嬉しさと、世界一という気持ち良さの中で10年位は優勝を他に譲りたくなく、「2連覇、3連覇するんだ」と思っていました。

ただ、だんだん勝つことが当たり前になってきて「伊調なら勝つだろう」という目線で見られていると、そうすると、なんか勝つことが辛くなってきて、「勝つってなんなんだろう」、「負けて悔しいのかな」というように、「勝つこと」「負けること」「闘うこと」自体が、ちょっと息苦しくなってきたという時期があったんですね。

その中で1番変わったのは、北京以降に東京に拠点を移してからです。「勝負ごと」ではなく「レスリングの追求」をするようになり、「今まで以上に上手くなりたい。強くなりたい。幅をもっと広げたい」というように、持っていた目的意識が変わったんです。

ーー勝つことではなく、技術の質や幅をさらに高めるというように変わったのですね。

はい。そっちの方に重きを置くようになりました。それまでは「勝ってなんぼ」、「絶対負けない」という気持ちが1番強くて、そこが1番のモチベーションでした。それが、「良い試合をしたい」、「自分の思うようなかたちでポイントを取りたい」と考えることが楽しく面白くなってきて、そこで新しいやりがいが見出せたのだと思います。

ーーそれは現在でも、興味の中心にあるのでしょうか?

北京以降そういうことを重心的に練習するようになってからは、「オリンピックで3連覇、4連覇する」というよりも、良いかたちで終わりたい、良いカタチでオリンピックで闘って沢山の人に観てもらい、と考えるようになったんですね。

「伊調のレスリングは面白いな」とか「レスリングというのは、これだけ楽しいものなんだ、やってみたいな」と思ってもらえるようにしようと、「自分のレスリングを観てほしい」と今は思っています。そうすることが、周りの人に恩返しにもなると思うんですね。私自身はそんな風に変わりました。

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ーーところで、伊調選手はずっとコーチングに興味を持っているそうですね。その本意は、次世代への想いがあるのでしょうか?

そうですね。以前にシンクロの井村雅代コーチとの対談で、「“裏”の面白さや“選手を輝かせる裏の醍醐味”を1回覚えたら面白くてたまらないよ」と言われたんです。それを言われた時に、やっぱり楽しいんだろうな、やりたいな、って思いました。

結果が出なかったり、スポーツで芽が出なかったとしても、その先の人生でその子が輝いていけるかもしれないし、何が正解かわからない。どの指導が相手のやり方に合っているのか、また、自分のやり方として相応しいのか。でも、コーチングに徹するなら、1人でも多く、花を咲かせてあげたいですし、それだけに終わらずに、その先の人生も後押ししてあげたいです。

10人いたら10人育てるって、本当に難しいと思うんです。1人でも2人でも難しいはずなんです。でも、それができないこともないのかなって。10人いれば10人を色んな形で指導できるように自分の知識も含めて増やしていきたいと今は考えているんです。

ーー最後に、ギネス世界記録に挑戦して、何らかのカタチで「世界一」を目指す人に向けて、メッセージがあればお願いします。

どんなことでも、諦めないで、追及し続ければ、叶うことなんだと思います。あと、私はまわりの皆さんへの感謝はとても大切なことだと思います。私自身も、まわりに助けられながら、追求し続けられたからこそ、「世界一」になれたと思うし、ギネス世界記録にも認定していただけたのではないかと思っています。皆さん、ぜひ、頑張ってください!


ーー厳しい練習に耐え、女王の座に君臨し続ける伊調選手の言葉の重みは、計り知れないものがあります。素晴らしい言葉、ありがとうございました! (伊調選手の記録は、書籍『ギネス世界記録2018』に掲載されています)