Robert Wadlow split image

「史上最も身長の高い人間|tallest person ever」という記録は、ギネス世界記録の中でも特に名を知られているタイトルの一つだ。

「存命する最も身長の高い女性|tallest woman living」、「存命する最も身長の高いティーンエイジャー|tallest teenager living」、あるいは「身長が最も高いボディビルダー|tallest bodybuilder」。こういった記録は、世界中の人々の関心を強く惹く。

しかし、こういう幅広い記録の中でも、群を抜いて高くそびえ立っているものがある。

ロバート・ワドロー、最も身長が高い人間が持つ記録は、272 cm。これは二足で立ったハイイログマよりも高い数字である。 

Robert wadlow standing next to women

1918年2月22日、アメリカ合衆国イリノイ州、アルトンで生を受けたワドローの身長は、若い頃から突出していた。

6歳の時点で既に 約170 cm に到達し、その翌年には父親の身長も越してしまったという。

その後ワドローは、16歳で 約243 cm を超え、史上最も身長が高いティーンエイジャーになった。そして21歳の誕生日を迎えた直後、 約266 cm を超し、彼は疑いようも無く、世界で最も身長の高い人間になったのだ。

人間が彼の身長を越すことは、この先もうないだろうといわれている。その理由を考えてみよう。

これまでの歴史上、女性が世界で最も身長の高い人間の候補になることは、ほぼなかった。

実際に、存命する最も身長の高い人間の称号を手にしたことがある女性は、ただ一人だけだ。

246 cmの身長を持つゼン・ジンリャン(中国、1964年6月26日生まれ、1982年2月13日没)。意外なことに彼女の家族の身長は、全員165 cm以下である。

ジンリャンは、243 cm を超えた唯一の女性である。現在の「存命する最も身長の高い女性|tallest woman living」の記録保持者である、ルメイサ・ゲルビ(トルコ)よりも、約30 cm背が高い。

どんな男性よりも身長が高かったジンリャンだが、それでもワドローの記録には 約25 cm 程届かない。彼の記録を越すことがいかに難しいことか、理解できるだろう。

また、医学的疾患が原因でなく身長が高い人たちも、省かなくてはならない。

病気が理由でない巨人たちも、この世にはたくさん存在する。例えば、「最も身長が高い男性|tallest man living」の元記録保持者、バオ・シシュン(中国、236 cm)の家族は、遺伝的に皆背が高いという。

また、ゼグワード家(オランダ)もこういった遺伝子を受け継いでいる。家族全員の平均は201 cm超えのこの一家は、「世界で最も背が高い家族|tallest family」の記録保持者だ。

背が高い双子も、遺伝的なものだ。「最も身長が高い一卵性双生児(女性)|tallest identical twins (female)」の記録保持者であるアン・レクトとクレア・レクト(アメリカ、1988年2月9日生まれ)の2人の身長は、201 cm。

こういった身長が高い人々の子供は、身長が高い傾向にある。

「最も身長のある赤ちゃん|longest baby」は、カナダのアンナ・スワンと、その夫、ケンタッキー州のマーチン・ヴァン・ブレン・ベイツの間に生まれた。2人の身長はどちらも 約241 cm に近かった。彼女らの赤ん坊は、頭からつま先まで、生後直後にして約71.1 cm あったという。

だが、遺伝には限界もある。

『最も身長が高い』記録保持者たちは、往々にして、脳下垂体が制御するはずの成長ホルモンが過剰分泌されているという人が多い。

豆粒ほどの大きさの脳下垂体には、成長ホルモンを思春期に分泌させるという大きな役割がある。だがその機能が誤作動を起こした場合、ホルモンを過剰に作り出してしまうのだ。

246 cmの身長を持つスルタン・コーセン(トルコ、1982年12月10日生まれ)は、「存命する最も身長が高い男性|tallest man living」の記録保持者だ。

一般的に思春期の成長痛は、私たちの身体内で、化学物質が骨に伸びるのをやめろというサインを送ると同時に止まる。だがコーセンの場合は、成長ホルモンが止まらなかったため、彼の骨も同時に成長を続けた。

10歳の時、コーセンの身体は突然爆発的な成長を始めた。脳下垂体にあった腫瘍の進行が原因だったという。

残念ながら彼は20代に入るまで、適切な医学的診断を受けることができず、腫瘍が摘出されたのは、彼が28歳の頃だった。2010年、ガンマナイフ手術という革新的な方法により、やっと彼の身体から腫瘍が取り出されると共に、コーセンの成長ホルモンは分泌を止めた。その後、彼の身長が伸びることはなかったという。

それならば、なぜロバート・ワドローは272 cmという、コーセンより約20 cm以上も高い身長に達することができたのだろうか?

ワドローの脳下垂体は、同じく彼の子供時代にはすでに誤作動を始めていた。だがその原因は、腫瘍ではなく、脳下垂体自体が肥大していることにあった。

医師たちは脳下垂体が肥大しているという医学的診断こそ下したものの、手術でそれを摘出することは勧めなかった。当時は、死に至るリスクが高すぎたのだ。

ワドローはその事実を受け止め、その後国民的なスーパースターとなり、さまざまなイベントのために毎年何千キロもの旅をした。

Robert Wadlow

しかしそのツアーの最中、ワドローの容態は悪化することとなる。1940年、ミシガン州マニスティへの旅路の際中、ワドローは足に違和感を感じた。

長年ワドローは、歩行時には金属性のサポート器具を足首と足に着けていた。だが、四肢の感覚が弱くなっていた彼は、その器具が皮膚に擦れていたことに気がつかなかった。その傷が炎症を起こし、感染を引き起こしたワドローは、仮設的な医療体制が整えられたホテルへと直行した。

輸血などが行われたが、ワドローの感染が力を弱めることはなかった。そしてワドローは、1940年7月15日に、惜しまれながら、22歳の若さでこの世を去った。

なぜロバート・ワドローの記録は破られることがないのか

80年前は、足首の小さな傷からの感染症が人を死に至らせていただなんて、今では考えられないことだろう。現代の医療技術では、すぐに治療できるような傷だ。

これがワドローの身長の記録が永遠に破られることがない理由である。

現代医学と手術の進歩により、こういった疾患や病状は、生死の問題になる前に取り除くことができる。

成長ホルモンの過剰分泌を止めることも、遅めることもできる今では、成長し続ける身体が生活に支障を来たす前に、つまりワドローの身長に至る前に、治療することができるのだ。

世界中の情報が手に入る現代では、ワドロー以上に脳下垂体に複雑な問題がある人がいたとしても、それが医学的に治療されずに放置され続けるということは稀だろう。

幸運なことに、これからは誰も、彼が経験したような苦しみは経験しなくて良い。『最も身長が高い人間』。その優しい巨人が、自分の歩幅に背負わなくてはならなかったものは、私たちからは想像がつかないほど重かった。

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