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2023年6月24日――。初夏の日差しが渋谷のアスファルトに照り付ける中、ギネスワールドレコーズの取材班はナイトクラブ「CLUB CAMELOT」を訪れた。『破天BEATBOXBATTLE 3.0』と称されたイベントでは、トップレベルのビートボクサーたちが、言語に絶す超絶技巧的パフォーマンスでバトルを繰り広げていた。

そしてこのイベントには、ギネス世界記録「最も長いラップ・マラソン(個人)|Longest rap marathon (individual)」を更新したラッパー、PONEYによるスペシャルライブが行われた。記録は驚異的な48時間1分10秒。このライブ中に、公式認定証を初お披露目したのだ。

「1週間前に家に届いたんですけど、協力してくれた仲間のいるイベントで発表したいから、今日まで未開封できてたんですよ」とPONEYは取材班のインタビューに答えた。2回の挑戦失敗とおよそ2年の月日をかけて得た世界一の称号――その声の根底には、安堵の響きがあった。

MC PONEY誕生まで

PONEYがラップの世界に踏み入れた大きなきっかけは、地元の山梨県に好きなアーティストが来るイベントだった。当時のPONEYは17歳。ステージの上で生身で表現をするアーティストを目前にして、衝撃を受けたのだ。その実体験をさらに昂揚させたのは、地元のアーティストたちによるパフォーマンスだったと言う。

「地元でこういう事やっている人たちがいるんだ、俺もやりてえなあ。俺の方がヤバいだろう、みたいな勘違いから、家に帰ってリリックを書くようになって、そこから今に至るという感じです」

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リリックを書いて、作品を完成するという満足感の虜になったPONEY。2004年に初レコーディングをした時に「これで生きていこう」と決意した。

ちなみにPONEY(当時はPONY)というMCネームが誕生したのも同時期だ。ある日テレビを観ながら幼馴染と長電話をしていた時、突拍子にテレビ画面に子馬が横切った。それを観た少年PONEYが「あ、ポニーだ」と反応したのを皮切りに、幼馴染が通う高校で「ポニー」があだ名として伝播するようになったとか。それをそのままMCネームとして使う事にしたのだ。

勢いではじめた世界記録挑戦

ラッパーとして2枚のアルバムをはじめ、数多くのEP・シングルをリリースし、日本のHIP HOP界で揺るがぬ地位を確立したPONEY。さらにはB-BOY PARK MCバトルで日本一に輝くなど、あらゆる功績を残している。そんな彼は、ある日突然、ギネス世界記録の挑戦を考えた。

「2021年の9月11日に、長時間ラップの世界記録を調べたら、31時間33分ってなってたから、『あれ、これ越せれるんじゃね?』と思ってトライしたのがきっかけで」

何事も一度決めたら実践に移してみるのがPONEYの性格。記録を審査してもらうには、事前申請をしなければいけない事を知らぬまま、記録に挑戦してしまった。挑戦時は本人も知らなかったが、実は公式ガイドラインには挑戦を有利にする項目があったのだ。それは「休憩・トイレ」だ。

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「1回目に自分が勝手にやっていた時って、休憩という概念を知らなかったんです。その時はトイレも全部ラップしながらやっていたんですよ。ギネスワールドレコーズのルールだと、生理現象を含めて、休憩がとれるようになっていたんです」

このルールを知らなかったPONEYは、ラップをしながらトイレにも行くという難儀を繰り返した。

最初具合が悪くなってきたんですよ。それからだんだん気持ち悪さが省略されていって、腹痛に代わっていったんです。それで「あ、うんこしたいんだ」って気づくんですよ。

ずっとラップしてるから誰にも相談できないし、はじめは何が起きてるか分からなかったんです。それでトイレ行って1回目のうんこを出したんですけど、それがめっちゃ大変でした。こっちは苦しいし、それでもラップしなきゃいけないし。本当に難しいし。音が聞こえないかなとか勘ぐりもあって。すごく大変でした。

事前申請を行わず、勢いで行った世界記録挑戦。個人の目標は達成したものの、証拠物となる動画が全て録画できておらず、申請すらできなかった。彼は数か月後、めげずに2回目の挑戦を行うも、今度はなんと申請時期に他の人が記録を更新してしまう事態が発生してしまう。公式挑戦という意味合いでは、2度の挑戦はいずれも失敗という結果となってしまった。

来たる3回目の挑戦、迫り来るプレッシャー

思いがけない形で2度も長時間ラップをしたPONEY。今度こそ世界一をと、”3度目の正直”となる挑戦では目標を前回より12時間延ばして、48時間連続ラップを行う事にした。しかしその目標そのものが重圧としてPONEYにのしかかった。

「チャレンジは4月だったんですけど、『もう申請しなきゃまずい』と思ったのが1月末だったんです。本当はもっと前に申請できたんですけど、考えたくないくらいプレッシャーだったんですよ。『またやるのか』と。考えるのが怖かったんです。もうそろそろ申し込みしないとヤバいよという段階にくるまで、パソコンを開く気にもならなくて。見ないふりをして過ごすという期間が本当につらかったですね」

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そして3回目の挑戦では、挑戦自体に専念できるよう、マイクバトル・ビートボックスバトル・MCバトルの『破天』に配信業務を依頼した。彼らのサポートがなければ、記録達成はもちろんの事、挑戦すら実現できなかったと言う。

「録音・録画・タイムキーピングとか、ルールに沿った環境づくりをしていただいて、それがあって、自分はラップする事だけに頭を使えました」

2023年4月22日正午――。挑戦がはじまった。その様子はYouTubeで生配信され、多くの人々が見守った。

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ラップ自体はスラスラと出てくる。しかしこの挑戦に立ちはだかる壁は眠気だ。

「16時間ぐらいで『ヤバい、もう眠すぎる』ってなったんです。もう限界でやめたいと思ってたんですよ。眠気の限界で」

しかし、前記録のタイムである39時間37分までは、ガイドラインで認められている休憩をとる事を拒んだ。

人間じゃねえなこいつと思わせたくてやってたのもあったので、世界のやつらに。

眠気とバトルを繰り広げていた最中、PONEYを助けてくれたのは、意外にも生配信を観ていたアンチからのコメントだった。ディスられて怒りの感情が沸き起こり、それで眠気を飛ばす事ができたのだ。

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「最初はアンチの事を『お前、マジむかつくわ。もう心を折るのやめてくれない?』みたいな事を言ってたんですけど、30時間くらい経ってきたら『よく考えたら、お前がいてくれたから寝ないでできた』って感謝の気持ちがあふれてきて。その事をラップしながら伝えたんですよ。そうしたらアンチの人から『僕も数時間前、あんな事を言って本当に後悔しています。がんばってください』と裏返ったんです。勝手に通じ合った感がわいて、嬉しかったですね。あれはナイスパニックでしたね」

記録達成もわかない実感、だが

PONEYは周囲のサポートも受け、ついにギネス世界記録を達成した。しかしその実感はまだわいていないと言う。

「今はまだ正直、分かんないもんなんですね。これをとったからと言って、人として偉くなったとか、そういう事じゃないじゃないですか。でも、ずっと協力してくれた奥さんや仲間に喜んでもらえるのはすごい嬉しく思います」

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あと、追われる側になったプレッシャーと言いますか……。なんじゃ俺が死ぬまで(記録は)そのままでもいいんだよ、みたいな。そういう気持ちはありますね。でもなかなかやりづらいでしょう、9時間も延ばされると。逆にこれ以上やるやつが出てきたら、お前の事は尊敬するよ。

48時間のラップで超人的な記録を残したPONEY。何かを成し遂げるには、行動する事だと語る。

「僕の持論ですけど、できると思った事はできるんで。それを信じて。どんだけ時間がかかろうと。できると思ってから実際にできるまで時差はあるんですよ。できるって本当に思い込んだまま進んでいくと、実現するって事が多いんです。できると思うんだったら、本気でチャレンジしてください。必死になってやれば、本当に何でもできるなって思います」

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